コエンザイムQ10は肌に塗っても意味はない!?

一時、大ブームとなったコエンザイムQ10も、「美肌効果」がうたい文句になっていました。

スキンケアの化粧品の成分として、今も使われています。

もともとコエンザイムQ10は、アンチエイジングの素材として注目を集めました。

それから飛躍して美肌効果との宣伝文句になっていますが、科学的な美肌への効果は検証されていません。

それにも関わらず、美肌と関連させたイメージが横行していることに、私は疑問を感じています。

そもそもコエンザイムQ10は、肌を構成する細胞ではありません。

人間の全身にある細胞の中の小さな器官に、関わっている成分にすぎないのです。

人間にはおよそ60兆個の細胞がありますが、その細胞の中にはミトコンドリアという小器官が存在しています。

ミトコンドリアは酸素を用いてエネルギーを生み出し、まるで生き物のようです。

このミトコンドリアのエネルギーのおかげで、人間は呼吸して心臓を動かすといった基本的なことから、激しい運動もできます。

コエンザイムQ10は材料

コエンザイムQ10は、ミトコンドリアがエネルギーを生み出すときに使う材料の一種です

ミトコンドリアには必要不可欠ともいうべきコエンザイムQ10ですが、体内でも自然に作られるため、わざわざ摂取をする必要はありません。

そんなコエンザイムQ10が、なぜ美肌効果があるとされているのか。

そこにはカラクリがありました。

コエンザイムQ10が美肌に良いとされるカラクリ

コエンザイムQ10は、1957年にウィスコンシン大付属酵素研究所で心臓の細胞のミトコンドリアから発見されました。

その後、世界でコエンザイムQ10に関する研究は進められ、1972年には米国で心臓病の人にコエンザイムQ10が欠乏していると報告されました。

その翌年には日本でうつ血性心不全の治療薬として承認され、心臓病の薬として一躍脚光を浴びたのです。

今でも医薬品として存在しています。

しかし、その後、米国の心臓学会ではコエンザイムQ10について治療で用いることに対し、科学的な根拠が得られないために否定されました。

せっかく薬として世に出たコエンザイムQ10です。米国では心臓病の薬として否定されても、成分の有効性の研究が進められ、1990年代にサプリメントとして流通が始まりました。

日本でも、2001年には食品成分として配合することが認められ、コエンザイムQ10ブームが起こったわけです。

2004年には化粧品への使用も許可されました。

サプリメントや化粧品でのうたい文句は、「若返り」です。加齢に伴い体内のコエンザイムQ10が減ると、細胞内のミトコンドリアも上手にエネルギーを作れなくなります。その結果、細胞も元気がなくなって老化が加速する。だからコエンザイムQ10を補ってエネルギー量を上げ、細胞を元気にしようというのです。

コエンザイムQ10には、抗酸化作用もあるといい、一般的な「抗酸化作用」イコール「老化防止」のイメージにもピツタリ当てはめてあります。

さらに、細胞を若返らせるだけでなく、ミトコンドリアのエネルギーサイクルを上手に回すことでダイエット効果も期待できるというロジックもありました。

細胞内にあるミトコンドリアは、エネルギーの源ですから、そのエネルギーサイクルを上手く回せば代謝も上がるはずです。

代謝が上がれば脂肪も燃焼されやすくなり、自然に体重が落ちるというわけです。

美肌に関していえば、さらに飛躍されたイメージで語られています。

ミ卜コンドリアの働きをサポートすることで、細胞は活性化して若返る。だから、お肌のハリもよくなるというのです。まさに強引すぎる論調です。

ところが、その論調が高じて、「コエンザイムQ10」イコール「美肌」のイメージが持たれているのです。

しかし、科学的に見ると、塗ったり食べたりしたコ工ンザイムQ10が、それを必要としているミトコンドリアまで届くとは考えられません。

仮に届いたとしても、ミトコンドリアが活発な状態でなければ、材料は使われないのです。

なにしろ、コエンザイムQ10を飲んだからといって、全てのミトコンドリのエネルギーサイクルを活性化させるという証拠は何もないのですから。

「コエンザイムQ10のサプリを飲んで身体が軽くなった」「元気になった」という方がいても、それが本当にコエンザイムQ10によるものかどうか、科学的に証明されているわけではないのです。

近年、ミトコンドリアは注目の的です。

生き物の細胞に存在し、まるでひとつの生き物のような機能を備え、生物の進化もミトコンドリアなしでは語れないというほど、とても興味深い機能を持っています。

それゆえでしょうか、ミトコンドリアに関係したサプリメントなどが登場しやすい状況になっています。

新しい素材が登場するたびに思うのは、素材名を変えただけでうたい文句はあまり変わらないということです。